福島から避難をしてきた人を支援する会に参加して、原発反対運動をしているわけなのだが、実際に福島から避難してきた人に会って話を聞くと、本当にこの人たちのために何かしたい・・・とは思うものの、私の基本姿勢としては、忌まわしき原発で国民を皆殺しにしようとしている勢力に一矢報いたい、という思いで行動をしている。
なので、原動力としては「怒り」である。
一時は、無知な人、知っていても何もしない人に対しての憎悪があったが、それも虚しいことだと思った。
むしろそういう人たちを何とかすることが自分達の役割なのだと納得することもできた。
昨日、避難してきた母親たちが集まる会に参加してきた。
避難してきて生活するのが精一杯で、避難することを決意して行動できた自分を褒めたい、もう当分は何も(原発反対運動や、給食など食の問題などに対してのアクションなど)する気が起きない、というようなことを言っていた人がいた。
また、会の活動をメーリングリストで流しているのだが、それが膨大な量で、それを見るのも苦痛だという。
だが、生活に役立つ情報などは知りたいという。
どんだけ自分都合なんだ?とイラっとしたと友人が後で言っていた。
私もそうだよな、とは思った。
(メーリングリストがなっていない、という点で気の毒だなとも思ったが。)
嫌ならメーリングリストを解除すればいい。
自分の欲しい情報も手に入らなくなるかもしれないが。
また、アナログで広告みたいなものを作ってどこかに置いてもらえたら助かる、という要望があった。
簡単に言うが、それを一体誰がやるというのだ?
もしやりたい、してほしいと言うのであれば、自分が最後までやるつもりで口にだすべきだ・・・とまでは言わないが、私は大体いつもそうしている。
母親からの要望として、自分が病気になったときに子どもをあずかってもらうボランティアが欲しい、という話がでたので、私は純粋に疑問として、「避難してきた人同士が協力してお互い預かったりすることはできないんですか?」と聞くと、微妙な空気が流れた。
「いや、でもあんまり知らない人の子どもを預かるなんて・・・」みたいな反応だったので、「ボランティアの人もあんまり知らない人じゃないんですか? 知らないのが嫌なら、こういう集まる機会のときに仲良くなっていれば問題ないんじゃないですか?」と私が言っていると、別の人が「岡山には子育て支援のボランティアや団体がたくさんあって、母親同士が子どもを500円で預かるシステムがある」と言い出した。
預かってもらうときは500円払い、預かってあげるときは500円もらう。
なんという素晴らしいシステムだと感動した。
というか、そんなシステムがあるんだったら最初から教えておいてやれよ、というか、私が質問をする前にそれを何で言わなかった?と少しイラッとしたのだが。
避難してきた人対象に、そういう受け皿があることをアナログの新聞を発行してお知らせしていくことは大事なことであろう。
そういうシステムがあるのだと安心して避難を決意する人が出てくるかもしれない。
会が終わって、友人と話をするに、友人曰く「避難してきた人たちの意識が低すぎる」と言っていた。
避難してきてここで安心しきって、何もしなかったら元の木阿弥、避難してきて大変なのはわかるが、支援するほうのボランティアだって大変なんだ。避難してきたからといって、何でもしてもらえると思ったら大間違いだ。たとえ大したことができなくても、何かやろうという姿勢を見せないと、そうでない人を身を削って支援することなんてできない、という話をした。
友人はそうとう人間ができた人で、私から見たら仏みたいな人なのだが、色々思うところがあったのだろう。
相当自分のしたいことも我慢して、金銭的にも時間的にも体力的にも犠牲を払ってやってきたんだと思う。
たしかに、私もここ数ヶ月の間、相当ささげてきたし、血尿が出る勢いでがんばってきた。
自分が好きでやっていることなので、そんなに不満には思っていなかったが。
同じ想いの仲間と一緒に行動できることは非常に楽しいことでもあったし、いいこともたくさんあった。
しかし、人間の支援となると相手がいることなので、少しでいいので感謝をされるとか、協力的態度を見せてもらうとか、そういうやりがいのようなものがないとやっていけないのかもしれない。
私は一番上で述べたようなスタンスなので、はっきり言って人間のことなんてどうでもいい。
ついでに言えば、こんな愚かな人類はさっくり滅亡したほうがいいとも思っている。
ただ、個人的に仲良くなっている避難してこられた方の幸せは心から強く望むし、その人たちのために、できるかぎりではあるが何でもしてあげたいと思う。
逆に、大して接点の無い人たちの無遠慮でやってもらって当たり前、という要求には応える気にはなれない。
そういう風に思う人もいるのだということをふまえて、人に物を頼むときには頭を使ったほうがいいのではないかと思う。
私は今後もデモやイベントをやっていく予定だが、色々と勉強していかねばならんと思った。
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