2012年1月11日 (水)

今年は刺さる刑

あけましておめおめと生きております、といといです。

今年早々の出来事としては、剪定をしていて左手負傷、ということだろうか。
勢い余ってのこぎりが刺さった。
油断覚めやらぬその後、こんどは剪定ばさみが刺さった。

翌日、詰まったエアブラシを分解していたら、針が抜けないので渾身の力を込めて引っ張っていると、抜けた反動で針が指におもくそ刺さった。

そんなこんなで刺さりっぱなしの年始だった。

今は昼仕事に行きながら、夜帰って農作業などをしている。
もう少ししたら、夜はまた違う仕事をする予定。
春先になったらブドウも忙しくなるし、今年は過労死しないか本気で心配だ。

皆さんもお体に気をつけて。

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2011年12月 3日 (土)

近況報告

コメントの返信もできぬまま新規投稿するのもどうかと思ったのだが、とりあえず近況報告でも。

来年から働く先が一応決まり、先週は超久しぶりの短期バイトもやってみた。
客商売なので、いつもは使わない気と若干の笑顔で働いてきた。

なにげにミニチュアも少し作っている。
作ったものをくーちゃんにかじられてダメにしたりもしている。
(ゴルァ!!)

一人で寝るダブルベッドは広すぎて快適すぎて、快眠すぎる上に恐ろしいほど目覚めもいい。
離婚してからというもの、飯がうますぎて、最近顔が丸くなったとよく言われる。

というより、この夏で体重が3キロくらい?落ちていたので、夏ごろに会った人はやつれていると思っていたらしい。
それが戻っただけか。

普通にブドウの作業で・・・というのもあったが、食欲がほとんどなくて、腹5分くらいですぐに胸いっぱいになって食べられなかったからなぁ。
最近は菓子も飯もうますぎる。

来週の日曜日、12/11はまた岡山でデモをやる。
そのときに豚汁とヤキイモを出すので、その準備を色々としている。

こないだやったデモは、今までにない感じでやろうと工夫したのだが、まぁ色々叩かれた。
怒りからは何も生まれない、怒りでは何も解決しない云々。
私からしたら現実をありのまま伝えただけで、怒りなどはほぼ出しているつもりはなかったのだが。
いろんな人がいるもんだ。
国民がもっと正しく怒るべきところに怒れたらこんなことにはなってないだろうにと思う。

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2011年11月 3日 (木)

コメントについてのお詫び

すみません、最近本当にバタバタしていて、ブログにコメントをもらっていたこと自体、気づいてませんでした。

コメント通知メールが迷惑メールフォルダに入っていたようで、チェックしていませんでした。

適当に返信できるような内容でもないように思うので、今はちょっと余裕がなく、また後日改めて書きますので、すみませんがご了承ください。

とりあえず、11/6は東京日比谷である労働者集会に行ってきます。

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2011年10月31日 (月)

まぁ、一応報告しておこうか・・・

今日、夫と一緒に離婚届を提出してきた。

何年くらいかな、付き合い出して10年くらい?結婚して8年くらい?自分としては一番長い付き合いだったが、一応円満に別れることになった。

何回も大きいケンカもしたし、楽しいことも色々あったし、世話にもなったし、世話もしたが、終わる時はあっけないもんなんだなと思った。
お互い追いすがることもなく、感情的になることもなかった。

離婚の理由は?と聞かれたらお互いに違う理由を言うのかもしれない。
一言では言えないが、まぁ色々悪いことの積み重ねで、それが原発事故の後のお互いの言動でとどめがさされたということか。

しかし、原発離婚ということではなく、もともと問題があったから離婚したにすぎない。
原発が爆発しようが戦争になろうが、もともとちゃんとした夫婦だったらより団結して協力しあっていたはずだしな。

これから色々大変だとは思うが、あんまり後悔はしていないし、なんとかなるんじゃないか、というか、なるようにしかならんしな・・・と思う。

今は早く仕事でもしたいと思っている。
部屋の整理をしたり、自分の生活のペースをつかみたい。

ミニチュアもまた作ってみたいと思っている。

もちろん原発反対運動のほうも続ける。
そんなわけで、心配をおかけするが、これからも頑張っていくのでよろしくお願いします。

離婚して哀しい、辛い、という気持ちはあるが、そうではなく、自由になった、これから新しい生活が始まるんだ、という明るい気持ちで、自虐でもなんでもなく、パァッっと離婚パーティーでもしたい気分だ。

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2011年10月20日 (木)

会の集まりに参加してボランティアについて少しだけモヤっとした件

福島から避難をしてきた人を支援する会に参加して、原発反対運動をしているわけなのだが、実際に福島から避難してきた人に会って話を聞くと、本当にこの人たちのために何かしたい・・・とは思うものの、私の基本姿勢としては、忌まわしき原発で国民を皆殺しにしようとしている勢力に一矢報いたい、という思いで行動をしている。

なので、原動力としては「怒り」である。

一時は、無知な人、知っていても何もしない人に対しての憎悪があったが、それも虚しいことだと思った。
むしろそういう人たちを何とかすることが自分達の役割なのだと納得することもできた。

昨日、避難してきた母親たちが集まる会に参加してきた。
避難してきて生活するのが精一杯で、避難することを決意して行動できた自分を褒めたい、もう当分は何も(原発反対運動や、給食など食の問題などに対してのアクションなど)する気が起きない、というようなことを言っていた人がいた。

また、会の活動をメーリングリストで流しているのだが、それが膨大な量で、それを見るのも苦痛だという。

だが、生活に役立つ情報などは知りたいという。

どんだけ自分都合なんだ?とイラっとしたと友人が後で言っていた。
私もそうだよな、とは思った。
(メーリングリストがなっていない、という点で気の毒だなとも思ったが。)

嫌ならメーリングリストを解除すればいい。
自分の欲しい情報も手に入らなくなるかもしれないが。

また、アナログで広告みたいなものを作ってどこかに置いてもらえたら助かる、という要望があった。
簡単に言うが、それを一体誰がやるというのだ?
もしやりたい、してほしいと言うのであれば、自分が最後までやるつもりで口にだすべきだ・・・とまでは言わないが、私は大体いつもそうしている。

母親からの要望として、自分が病気になったときに子どもをあずかってもらうボランティアが欲しい、という話がでたので、私は純粋に疑問として、「避難してきた人同士が協力してお互い預かったりすることはできないんですか?」と聞くと、微妙な空気が流れた。

「いや、でもあんまり知らない人の子どもを預かるなんて・・・」みたいな反応だったので、「ボランティアの人もあんまり知らない人じゃないんですか? 知らないのが嫌なら、こういう集まる機会のときに仲良くなっていれば問題ないんじゃないですか?」と私が言っていると、別の人が「岡山には子育て支援のボランティアや団体がたくさんあって、母親同士が子どもを500円で預かるシステムがある」と言い出した。

預かってもらうときは500円払い、預かってあげるときは500円もらう。
なんという素晴らしいシステムだと感動した。

というか、そんなシステムがあるんだったら最初から教えておいてやれよ、というか、私が質問をする前にそれを何で言わなかった?と少しイラッとしたのだが。

避難してきた人対象に、そういう受け皿があることをアナログの新聞を発行してお知らせしていくことは大事なことであろう。
そういうシステムがあるのだと安心して避難を決意する人が出てくるかもしれない。

会が終わって、友人と話をするに、友人曰く「避難してきた人たちの意識が低すぎる」と言っていた。
避難してきてここで安心しきって、何もしなかったら元の木阿弥、避難してきて大変なのはわかるが、支援するほうのボランティアだって大変なんだ。避難してきたからといって、何でもしてもらえると思ったら大間違いだ。たとえ大したことができなくても、何かやろうという姿勢を見せないと、そうでない人を身を削って支援することなんてできない、という話をした。

友人はそうとう人間ができた人で、私から見たら仏みたいな人なのだが、色々思うところがあったのだろう。
相当自分のしたいことも我慢して、金銭的にも時間的にも体力的にも犠牲を払ってやってきたんだと思う。

たしかに、私もここ数ヶ月の間、相当ささげてきたし、血尿が出る勢いでがんばってきた。
自分が好きでやっていることなので、そんなに不満には思っていなかったが。
同じ想いの仲間と一緒に行動できることは非常に楽しいことでもあったし、いいこともたくさんあった。

しかし、人間の支援となると相手がいることなので、少しでいいので感謝をされるとか、協力的態度を見せてもらうとか、そういうやりがいのようなものがないとやっていけないのかもしれない。

私は一番上で述べたようなスタンスなので、はっきり言って人間のことなんてどうでもいい。
ついでに言えば、こんな愚かな人類はさっくり滅亡したほうがいいとも思っている。

ただ、個人的に仲良くなっている避難してこられた方の幸せは心から強く望むし、その人たちのために、できるかぎりではあるが何でもしてあげたいと思う。

逆に、大して接点の無い人たちの無遠慮でやってもらって当たり前、という要求には応える気にはなれない。
そういう風に思う人もいるのだということをふまえて、人に物を頼むときには頭を使ったほうがいいのではないかと思う。

私は今後もデモやイベントをやっていく予定だが、色々と勉強していかねばならんと思った。

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2011年10月18日 (火)

岡山県/岡山市への汚染瓦礫受け入れ拒否の申し入れ

岡山県庁と市役所に放射能に汚染された瓦礫受け入れ拒否の申し入れに行って来た。

「さよなら原発1000万人アクションin岡山実行委員会」の方が申し入れをし、福島から避難してきたお母さんが発言をしていた。

県庁で対応してくれた人は何を言っているのかサッパリよくわからんかった(お茶濁しすぎだろ)が、とりあえずイラっとしたので、「汚染された瓦礫を引き受けて、岡山が汚染されてしまったら責任がとれるのか?とれるわけがないだろうが、とれないのなら引き受けるな」というようなことを、声をひっくり返しながら言ってみた。
(あの空気のなかで発言するのは結構焦った)

瓦礫を受け入れるというのなら、市民を殺す覚悟でやれというのだ。
そして、黙ってやるのではなく、はっきりと市民を犠牲にしますと宣言してからやれ。

市役所では、県庁よりは若干対応がマシだったように思うが、「廃棄物処分については市に責任があるため、放射能汚染をする可能性のある物は、受け入れしがたい。 不確定要素が大きいので検討できる状況にない」とのことだった。

その「検討できる状況にない」というのがモヤっとしたので、じゃぁどういう状況になったら検討しちゃうんだよ?と思い、その旨を問うたところ、

「東日本大震災による廃棄物の両は莫大で、全国レベルで処分をしていかないと処分しきれないという状況もご理解いただきたい」

という回答だった。
おいおいおいおい、話をすり変えるにもほどがあるだろう、いい加減にしろよ、と思い、途中でよっぽど突っ込もうかと思ったのだが、時間終了ということでそれ以上何も言えなかった。

他にも発言をしようとしていた人がいたのに、止められてしまった。
無念。

その前に、同じ会の者が「100ベクレル以下の瓦礫は支援という意味でも受け入れはやぶさかでもない」というような発言にショックを受け、「私はたとえ1ベクレルでも受け入れは絶対に反対。 少しでもいいということになったらキリがない。 家の近くで燃やされたら煙で広まるし、うちは農業をやっているし、ブドウも作っているのにそれで汚染された果物を売りたくないし、汚染された野菜も水も自分は絶対に食べたくないし飲みたくない。 瓦礫が汚染されているかどうか検査すると言っても偽装されるおそれがある。 断固として拒否するべきだ」 ・・・というようなことは言ったのだが・・・。
(記憶があいまいだが大体こんな感じだったか)

言っても、どうしようもなかったのかもしれない。
が、言わなくてモヤモヤして後悔するだろうことは想像ができたので言ってしまった。

県はともかくとして市は今のところ瓦礫を受け入れるつもりは無いのかもしれない。
一体どういうつもりで瓦礫を受け入れるのか、それとも断固として拒否するのか、
市民を守る気があるのか、無いのか、姿勢をはっきりと示してもらいたかった。
瓦礫を受け入れるということは、岡山を殺すという取り返しのつかない犯罪行為なのだから、責任をうやむやにしてはいけない。

うちから目と鼻の先にある処理場で燃やされるかと思うと、本当にゾっとする。
絶対に許せない。

拡散するべきは福島や関東などで放射能に苦しみながら生活している人間のほうであって、絶対に汚染された瓦礫などではないはずだ。

そしてこれはまだ汚染されていない西日本や九州、四国など、全国の問題だ。
岡山だけが受け入れをしなくても隣の県が受け入れたらアウト。
自分達だけが良ければそれでいい、というわけではない。
もう汚染されてしまったところの除染など簡単にできるわけがない。
であれば、少しでも汚染されていないところを残して、そこで暮らしていくしかないだろう。
そのために国民にはもっと意識を高めてもらうように働きかけをしないといけないというのに・・・。

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2011年9月30日 (金)

前戯・・・という意味もあるらしい。

↑最近なんか楽しいことないかなーと思って悶々としているときに見つけた。
このフロアプレイというダンスのショーを数年前に何度も見に行って本当にハマったし、DMDも穴があくほど見たが、この動画は頭に見たことのない部分がついている。

見にいくたびに最初のアレンジが変わっていて、超絶カッコいいのだが、これも会場で見たら大興奮だろうな~。

最後にフロアプレイを見たときには、これと同じような感じで、会場のそこかしこでいきなりスポットライトを当てられたペアが踊るという演出だったが、涙が出る勢いでカッコよかった。

その前は、私の隣の隣くらいに男性ダンサーが席についていて、「ま、まさかあの人は・・・」と思って見ていると、女性ダンサーが近づいてきて、いきなりそこで踊り出すという演出だった。
至近距離(じゃなくても)で見ると本当にド派手。

また、違うときには、女性のダンサーが若い男性客を引っ張り出して、ジェスチャーで頬にキスをしろと迫る、というのがあった。
純朴そうな青年はかなりためらったのだが、言われるがままに頬に顔を近づけると、女性ダンサーがフェイントで急に振り向き、唇にキスをさせられたのだった。
(その青年、恥ずかしかっただろうけどなんという幸運・・・)

そしてその後、女性ダンサーは横に座っていた男性ダンサーといきなり激しく踊り出す、という展開。

上記二つは本当に至近距離で見れたので超絶楽しかった。
ほぼ真ん中の4列目で見れたときはダンサーの汗や表情、全てがわかるくらい近かったので本当に良かった。

また、何回も見に行っていると、新しく入ったダンサーがやらかしそうになって他の人に「チッ」とか言われているのもわかるし、段取りを間違えて若干焦っているところなども目についてそれはそれで面白かった。

私はこの動画で一番最初に出てくる金髪の女性ダンサー「ジェシカ」が一番好きだが、他のダンサーもどれもこれも素晴らしすぎる。
顔もスタイルも体のキレも完璧すぎる。
今までは綺麗な女子にしか興味がなかったが、このフロアプレイを見て、男性ダンサーもいいもんだなと思った。
社交ダンスだと男子は女子の添え物的存在にしか思っていなかったが、男子だけ見ていてもテクニックやアピールが凄すぎて十分目が奪われる。

私が今まで生きてきたなかで一番興奮して、楽しかったのはこのショーを見に行ったときだなと断言できる。
もう日本には来ないのかなぁ?とオットに言ったら、「放射能漏れてるし、もう来ないだろ」と言われた。
切ない・・・。

まーしかし、久しぶりに見て眼福でしたわ。

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2011年9月27日 (火)

キャンプの思い出

先日、牛窓オリーブ園にて開催されたキャンプイベントに行って来た。

本来キャンプ場ではないところでの開催だったので、結構ハードだった。
駐車場が遠い、シャトルバスの停留所から会場へが遠い、焚き火ができない、トイレが仮設、水道が一つしかなく飲料不可、など、かなりシビアな条件だった。

それはともかくとして、夜は十何人分のカレーを作ったのだが、ご飯を炊くのを失敗して焦った。
まぁ最終的にはカレーをかけて食べる分には一応問題が無いくらいの飯が炊けたのでよかったのだが・・・。

会の男二人と私とでカレーを作っていたら、何をどう炒めるか、どのくらい炒めるか、などで相当モメた。
会の活動でさえあんなに口論になったことがないのに、まさかのモメっぷり。

私は超テキトーな人なので、適当にやろうとしたら、ああだこうだうるさく言われて驚いた。
最終的にめんどくさくなって、向こうのやりたいようにやらせておいた。
料理の経験は私が一番あるはずなのだが・・・。

カレーの鍋や食材、下ごしらえなどは私が全部準備をしていったので、キャンプ前日は睡眠時間3時間、キャンプの夜はほぼ寝れず・・・なかなかキツかった。

しかし、何よりキツかったのは、腐ったカレーとご飯の入った鍋の片付けだった。
家で一人で洗ったりしていたのだが、カレーの腐った臭いで本当に吐きそうだった。
もともとカレーは好きじゃないのだが、より一層、大ッッ嫌いになったような気がする。
近々、カレーの臭いを嗅いだら、吐いてしまうかもしれない。

そんなトラウマ体験を得て、キャンプは無事に終了したわけだが、来年同じイベントがあったとしても、私は絶対に行くことはないだろう(遠い目)

なんだかんだで、いっつも自爆してしまうので、これからはなるべく余計な役割をしなくてすむように息を潜めて生きていかねば・・・と思ったのだった。

しかし、天気がよかったので、オリーブ園から見る牛窓の海と空が実に美しかった。
私の死んだ感性でも少しは感じとれたのだった。
ただ、これで「日本のエーゲ海」、は言いすぎだろ・・・とは思った。

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子どもについて思ったこと

まぁどうでもいい話なんだけど・・・

最近、子供と絡むことが多々あって、ああやっぱり自分は子どもが嫌いだなと実感した。
今まで自分が接してきた子どもはいい子ばっかりだと思っていたが、最近は妙にイライラすることが多い。

子どもだから何をしても許されると思うなよ、とか、無条件に愛されると思ったら大間違いだからな?・・・と心の狭いことを思ってしまう。

子どもがやってはいけないことをやっても、親も周りの大人も笑って見ているだけ、というのが最高にイラっとする。

そういう時、私だけが叱ったり、たしなめたりするので、悪い人にでもなったかのようだ。

なので、極力子どもとは関わらないことにした。
子どもが図に乗って悪さをしてきたら堂々と冷たくあしらうことにした。

そう決めて、実際にそうすることで、どれだけスッキリしたことか。
大人気ないとかそんなことは知らん。

それにしても、私の周りの男どもは子どもに対して甘い。
そして女たちは子どもに対して厳しい。

男は、所詮その場しのぎで適当に甘やかしておけば責任取らなくてすむし関係ないと思っているんだろうか?
純粋に子どもがかわいくて仕方ないし、子どもは子どもなんだから何を言っても仕方ない、好きなようにさせるのが一番と思っているのか。

ぱっと見、「ああ、いい父親になりそう」とか思うのだが、よく考えると「頼りない」と思う。
でも、やっぱり子どもをかわいがる男を見ると「こういう男とだったら子どもを作ってもいいかもなぁ・・・」と女子は思うに違いない。

その点、うちの夫が子どもと絡んでいるところを全く見たことがないので、一体どういう反応をするのかが全くわからない。
無条件にかわいがったり、あやしたりしそうには見えないが。

そういうのを見ていたら、子どもを作ることを考えたり、欲しくなったりするのかもしれない。
逆に私が子どもの相手をしているところを見られたこともないので、むこうも想像ができないし、安心もできないんだろうな。

お前に子育ては無理だ、と言われたのを未だに根に持っている。
なんでそんなことを言われて、命がけで生んで、責任を持って育てるという大仕事をやる奇特な人間がいるか。
自分が欲しくて仕方ないというのならまだしも。

まぁ、こんな放射能が拡散される世の中で、ただでさえ欲しくもない子どもを産む気はさらさら無いが。
今いる子どもは守っていかないといけないだろう。
(って、全く説得力の無い言葉だなぁ)

一体これから、子ども達の生存率、罹患率、出生率、奇形児の確率はどうなっていくのか・・・。
後で気づいても遅いと思うが、後悔先に立たずなんだろうな。

2012

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2011年9月20日 (火)

さようなら原発5万人集会

昨日は東京の反原発デモに行ってきた。

疲れた。

終わり。

・・・だけだとちょっと寂しいので、もうちょっと書くか。

行くかどうか迷ったが、歴史的大集会、ということだったので思い切って行くことにした。
実際6万人ほど集まっていたようで、すごい芋の子洗い状態で息もハァハァだった。

集会では山本太郎がスピーチをしたのだが、まぁカッコよかった。

デモは明治公園から3コースにわかれて出発するてはずだった。
だが、あまりに人が多くてなかなか出発できず、2時半くらいから4時半まで公園のなかで待ったが、結局デモに出発することなく新幹線で帰るために途中離脱したのだった。

なので、正確には「デモには行ってなかった」ということになるのだが、公園内でも十分コールをあげてわぁわぁやっていたので、行ってなかった感はほぼない。

帰り際にはデモの隊列を横目に見ながら、デモの人に時折がんばれと手を振り、せかせか歩いた。
そうこうしていると福島みずほさんや山本太郎さんと遭遇した。
山本太郎、いい男・・・。

デモを横目に「原発すぐに止めたら困るのに、バカだなぁ・・・」みたいなことを言っている若者がいた。
つかまえて説教してやりたかったが、前を歩く人に遅れないようにするので必死だったので、とりあえず顔をガン見するだけで抑えておいた。

そんなこんなで帰りの新幹線では爆睡。
途中何回か目が覚めたが、また熟睡。

それにしても信じられないのは東京でマスクをしている人を一人も見なかったことだ。
おかしすぎる。
デモに来ている人も全くマスクをしていなかった。
マスクをしているのは私と仲間の3人だけだった。

マスクをしていたせいで、息が苦しくて暑くて大変だったけど、「マスク一時、被曝一生」をスローガンに耐えた。
東京で暮らしている人は大変だ・・・。

行きは車に乗せていってもらった。
車だと9時間、新幹線だと3時間半だが、車のほうが自分は楽だった。
そういえば車で東京に行くのは生まれて初めてだったな。
なんだかんだで、色々楽しかった。

原発再稼動を全部廃止して、原発なしだとどうなるかやってみればいいのに。
全然問題ないから。

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